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焦燥
 それはエナタンのちっぽけな人生にも繰り返し現れてきた。
 誰かと関係を築こうとする度に、それを自ら壊していく。
 幼い頃の記憶もそればかりだった。
 母親がエナタンのために同じ年頃の子供を家に迎え入れた。
 人並みに友達を作らせたかったのだろう。
 だが、エナタンは人に合わせることが出来ない。
 誰かがそばにいて自分の思うようにならない時、エナタンは癇癪を起こしては彼らを追い払い、そして頑ななエナタンは逆に彼らに追われた。
 何人かの子供に囲まれていじめられたことは数え切れなかった。
 だが、その時もエナタンは窮鼠猫を嚼むようにがむしゃらに暴れて手がつけられなかった。
 やがて誰もそばに近寄らなくなった。
 大きくなってからも、エナタンは人の輪の中には入らなかった。
 学生時代を通じて、友人という存在がいるということを経験してこなかった。
 だがそれがないことは、どういうわけか不思議にエナタンの人間観察眼をかえって深く育んだ。
 有り余るエネルギーははけ口を求めた。
 空洞の大きさは、逆に多く言葉を生んだのだ。
 気がついたら小説を書き、エナタンはそこで呼吸していた。
 組織の中で働くことに向かなかったエナタンは、母の会計の仕事を手伝いながら、20代の終わりにミステリーの大賞を受賞することになる。
 そこからさらにひとりで自分の世界を構築していくことに専念するようになった。
 その頃、ヨキに出会った。
 彼は他の誰にも似ていなかった。
「エナタン。きみの担当になれてうれしいよ。きみの書いたものはひとの深奥をつく。オレはずっとそんな小説家の編集になりたかったんだ。それがずっとオレの夢だった。」
 エナタンの、心を許さない冷たい瞳もヨキは意に介さなかった。ヨキはエナタンの作品を心から愛していたのだ。
 ヨキがほんとうに自分の仕事を喜んでいることは、エナタンには敏感に伝わった。
 相変わらずつきあいにくい難しい性格をしていたエナタンだったが、その時初めて人といて楽に呼吸する自分を感じた。
 生まれて初めてのことだった。
 それは親にすら感じなかったものだ。
 だが今までそれをヨキに言ったことはない。

 アレクはエナタンがミステリーの歴史ある賞を受けた時に諸手を上げて自分の編集するミステリー雑誌にエナタンを迎えた。
 だがその持ち上げようも、エナタンがヒットを出さなくなると簡単に翻った。
 エナタンは人の心の裏を読むことに長けていたので当然のこととして初めは意に介さなかった。
 だがある時、アレクは編集部にエナタンを呼んで言った。
「そろそろ大賞を受けた者らしいものでも書いてくれないか?」
「書いている。」
「あんただけ分かってても仕方ないだろう?読むのは一般大衆なんだ。」
「一般大衆がオレに追いつく時まで待てばいいだろう。」
 アレクはイライラと貧乏ゆすりを始めていたが、エナタンを鋭く見つめてこう言った。
「お高くとまるな、何様だと思ってるんだ!おまえがそうやって人を見下す態度だからろくな作品が書けないんだ!」
 エナタンはアレクを殴り倒した。
 当然雑誌の連載は外されるところだったが、どういう訳かそれは先延ばしされた。
 おそらくヨキがなんらかの手を打ったに違いなかった。

 そんなエナタンだがそれでも人を愛そうとしたことはある。フェイが初めてではなかった。
 だが自分の犯しがたい領域に他の存在に踏み込まれることで、いつも我慢ならなくなって終わりが来た。
 それは、焦燥感にも似ていた。
 不幸なことにそれは並み外れていた。
 何か忘れている重大なことを、成し遂げなければならない。そのためには今生を賭けた多大な集中を必要としなければならない。そんな無意識に背負った大きな何かが、エナタンの人生に深く影響していた。
 そしてそれを妨げるものは繰り返し現われてくる。
 だが、妨げるものとの関係をチャラにして自分のそれに向かおうとすればするほど、それから遠ざかってゆくのも感じていた。
 それは増々エナタンの焦燥を煽り、増々他への憎しみを煽った。
 そこへあの燕が走ったのだ。
 それは自分の奥深くから、その忘れていることを運んできたに違いなかった。
 あれはいったいなんだ?
 オレはいったいなにを渇望しているんだ?
 その時、ホロンが叫んだ。
「水をくぐるぞ!」
 記憶の糸を手繰るのは中断された。
 目の前に滝が迫っていた。
 流れはその滝壷に吸い込まれた。
 頭からずぶ濡れになって滝の向こうに出た。
 そこは広々とひらけた湖のようになっていて、ホロンはその岸辺へと舟を寄せていった。
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