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自業自得
「きみが渇望するからだ。」
「オレは望んでいない。」
 ホロンは振り返った。
「どんなこともきみを満たすものはなかった。そうだな?」
 エナタンは絶句した。
「なぜならきみが望むものは第12の門の向こうにあるからだ。だから今きみはここにいる。きみが望んだからだ。わたしはただ忠実にそれを遂げるための案内をする。」
「なぜ?オレのためになぜおまえはそんなことをする。なんのために。」
「思い出せ。」
 そう言ってホロンは笑みを浮かべた。
 そして歩み出した。
(どこかで見たことがある。今の笑みは・・。)
 エナタンはその笑みに微かな救いを感じたが、それとは裏腹にからだ全体が重だるく気が遠くなるような気分だった。
 座り込んでしまいたい。
 ここで少し眠りたい。
 少しだけ。
 頼む。
 少しだけならいいだろう・・。
 崩れるように膝をついた。
 その時、ホロンのひずめがエナタンの横っつらを蹴った。
「彼らのようになりたいのか!」
 はっとしてホロンが指した方を見た。
 ぼんやりと薄明るく光っている鍾乳石は、よく見ると人の形をしていた。
 座り込んだ人間が石になっているのだ。だが、それはただの石ではなかった。呻いている。
 眠りを貪りたくて座り込んだのに、進むことも出来ず、動くことも出来ず、それは苦しみとなって彼らを縛り込んでいた。
「・・なんだこれは?いったいどうしたんだ?」
 殴られた頬を押さえながらエナタンは石柱の列を凝視した。
 ホロンは厳しい顔をして腕を組んでエナタンを見下ろしていた。
「怠惰の門だ。怠惰にとりつかれると、こうして動けぬ石となって呻き続けるのだ。だが進みたいという意志は消えない。だからこうしてぼうっと灯っている。進みたいのに進めないという苦しみに苛まれたいか?誰でもない、自分で自分の首を締めているのだ。自らを貶めるな。」
 エナタンは立ち上がった。
「行くぞ。」
 ホロンがゆくのに従った。
 奥まるほど見渡す限りに石の数は増え、うめき声は次第に大きく反響し、エナタンは両耳を覆った。
 しまいにはこらえ切れなくなり、エナタンは叫んだ。
「苦しむくらいならなぜ座りこんだんだ!自業自得だ!」
 蝉のように響いていたうめき声がピタっと止んだ。
 静まり返った鍾乳洞で、ホロンは静かに告げた。
「わたしが蹴らなかったら、きみもああなっていた。怠惰の甘い蜜の味は誰でも知っている。それに抗うことが出来る者はわずかだ。きみは人にそんなことが言えるのか?きみの弱点がそこに出ている。」
「弱点?弱点だと?なんだそれは?自業自得のやつにそう言って何が悪い?」
 ホロンは静かにため息をついた。
 エナタンは気がついて言った。
「おまえは一体何者だ?12の門を全てくぐれるというのか?第1の門でさえこれだけの者が足止めをくう。どうしてゆけるというんだ?」
「今、きみは思っただろう?人ではないからだ、と。いや。そうではない。エナタン、わたしはきみと変わらない。自分のためなら今すでにここで眠ろうとし、石になるだろう。だが、きみとの約束を果たすためならどんな門もくぐると決めた。こころにそう決めるから進めるのだ。ひとりならば無理だ。」
「約束?約束などした覚えはない。」
 ホロンは答えず、小さく笑みながら前を指した。
「この川をゆく。」
 そこには地底の川が流れており、岸辺には小さな舟が舫ってあった。
「こんなところにこんな川が・・。」
 ホロンは器用に櫂で舟を操った。
 川は流れるにつれ川幅が大きくなり、水音は大きく響くようになった。
 言葉を交わすにもかき消されるような水音に、エナタンは黙った。
 身は流されていくが、こころは静かに遡っていった。

 貿易商の父と会計士の母の間に生まれた。
 父は仕事でほとんど家におらず、母は生真面目で地味な女性だった。
 他の人々が子供時代はよかったとか、子供の頃に帰りたいというのをよく聞いたが、エナタンにはそういう感情は一切ない。
 光り輝く記憶はなかった。色のないモノクロームの世界を生きてきたような気がする。
 子供の頃から妙に大人びて冷めていた感覚がある。
 子供らしくはしゃぐことはなかったし、未来を夢見ることもなかった。
 エナタンは子供の頃、20歳を過ぎた自分の姿をどうしても想像できなかった。
 生きることがただ苦痛だった。
 生を負うことをどうしてこうも重く感じるのか。
 どうして他の人間のように何もかも忘れて楽しみ、笑うことができないのか。
(忘れることなどできない・・。)
 エナタンはハッと自分の思考に気づいた。
(何を?・・オレにはいったい何があった?生まれてからの記憶にないなら、生まれる前にでも何かがあったというのか?)
 『自業自得』。
 この言葉はエナタンの胸にずっと巣食ってきた言葉だった。  
 人に向かって吐き捨てる時、それは自分に向かって言っているということをエナタンはほんとうはずっと昔から分かっていた。
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