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第1の門
「わたしは受賞作よりもこっちの方があなたらしいと思うわ。」
 フェイは数々の作品の中で、エナタンがそう思っていたのと同じことを口にした。
 エナタンは今までヨキすら口にしなかったことをフェイが口にしたことで、フェイというひとりの女性に興味を持った。
 ヨキが紀行作家の取材に付き合ってキューバに旅立って3ヶ月。エナタンの担当は同じ出版社の編集のフェイ・ダマスカスが代役を務めていた。
 ヨキの代役は務まる者が今までいなかった。たいていの者は3日で音を上げてその担当を降りる。
 エナタンは気難しい作家で通っていた。
 フェイはエナタンがとりつくしまがないのを気にしなかった。平気で自分の言いたいことを言って、勝手に家に長居し、コウモリを手なずけていた。
 ヨキが帰った頃、フェイはエナタンと暮らしていた。
 ヨキは口笛を吹き、驚きを隠さなかった。だが嬉しそうに言った。
「きみか。我がコウモリを射止めたのは!オレは嬉しいよ。エナタンを文章以外で理解する仲間ができた。」
「オレの何を理解している?」
 エナタンは無機質な声で振り向かずに言った。
 ヨキとフェイは顔を見合わせて笑った。
「なあ。」
 ヨキが言うのに、フェイはうなずいた。
「あなたの闇が、他人にないと思う?だからあなたの本が売れるのよ。」

 だが、フェイとエナタンは数々ぶつかった。
「あなた、わたしがここにいるのが見える?わたしは透明人間じゃないわ!息をして、哀しみ、傷つくいきものよ。テーブルでも椅子でもないわ!」
「オレはきみに頼んでいてもらってるわけじゃない。出ていきたきゃいつでも出て行け。」
「エナタン。あなたの抱える恐怖は誰でも持ってるのよ。あなたはそれを見ないふりをしないだけ。わたしはそれが切なかった。独りで荒野に立とうとしてるあなたが。だからここにいるの。」
「きみを愛せというのか?」
「わたしじゃなくてもいい。世界を愛してほしいだけ。」
 世界をどうして愛せる?
 エナタンは胸の内でつぶやいていた。
(なぜならオレは、許されぬほど醜いのだ。存在することすらほんとうは許されていないはずなのにここにいる。これは罰か?一体なぜこんなにオレの立つところは不安定なんだ。きみどころか、自分すら背負うことが恐ろしい。)
 フェイの勧めでセラピーを受けたこともあった。
 だが、セラピストが望むような幼児体験もなく、エナタンには満足のいくカルテは出来なかった。
 そしてついにあの日。
 エナタンはフェイを深く傷つけ、彼女は去った。
「おまえはこの難しいエナタン・ソダーバーグを変えることが出来た女になりたいだけだ。オレを愛しているんじゃない。おまえだって自分のためにオレに近づいたんじゃないか!」
 フェイはしばらく絶句して自分の闇と対峙した。エナタンは自らとともに闇を見ることをフェイにも強いた。
 フェイはそれでもその闇の向こうを望もうとした。
「愛される資格がないと思ってるの?愛されることに資格が要るの?」
「そうだ。オレにもおまえにもそれはない。」

 だが、どうしてエナタンは再びフェイに会おうとしたのだろう?
 あの時走った燕の正体はなんだったのか?
「エナタン。」
 呼び掛けられてエナタンは自分が足を止めて冷気に吹かれているのに気がついた。
 周りの闇はますます濃くなり、鼻の先も分からない。
 天空はるかに丸い月のように空が開いていた。闇の中でさだかには分からなかったが、穴の底へと辿り着いたようだった。
「第1の門だ。ゆくぞ。」
 ホロンが向かった岩の壁は触れもしないのに音もなく開いた。薄明るい微かな光がそこから漏れた。
 鍾乳洞のようなそこは鍾乳石のような石が林立し、ぼうっと燐光のように発光してゆく道を照らしている。
 横穴がさらに奥へと続いていた。
 微かに何かが聞こえてくる。
 やがて気づいた。
 それはうめき声のようなものだった。
 それは一人ではなく、歩を進ませるにつれ何人もの声が合わさってくる。
 あらゆるミステリーやスリラーを書いてきたエナタンだったが、それは想像を超えていた。
 思わずホロンとの距離を縮めた。
 ホロンはまるで朝の散歩でもするかのような軽き足取りでひずめを響かせている。
「なんだここは。やはり地獄か?」
「地獄というのはこんなものではない。言っただろう?ここはまだ第1の門だ。」
「第1?いくつ門があるんだ?」
「12だ。しかもそれはわたしが知っている限りでその先は知らない。」
 エナタンは思わず立ち止まり、そして叫んだ。
「それを全部行くのか!?」
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