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ホロン
 薄暗がりの続く、まるで雲か霧の中にいるようだった。
 エナタンは眠っていた。
 眠っているはずなのに意識があった。
(・・ここはどこだ?オレは何をしている?)
 時がなかった。
 永遠のようでもあるし、一瞬のようでもあった。
 意識もあまり動かなくなり、その闇の霧に融けてしまいそうになる頃、エナタンは自分に呼び掛ける声を聞いた。
[では。ゆくか。]
 自分が霧の中に立っているのを感じた。
「どこへ?」
[こちらへ。]
 闇の果てがうっすらとほの明るいのに気づいた。他にはなにも目印となるものがなかった。
 エナタンはそちらに向かって歩みだした。
「あんたは誰だ?」
 返事はなかった。
 歩いているという感覚もなかった。ただ、意志がそう思うとそちらへと行っているのだった。
 明るい方と思ってやってきたが、気がつくと荒涼たる岩山の続く大地に立っていた。
 だが曇天は昼とも夜ともつかぬ薄闇で、人の気配がまるで感じられない。
 そこは、まるで地上という感じを受けなかった。
「誰が呼んだ!ここはどこだ!」
 風は吹いていた。
 風を感じることができることに少し心が落ち着いてきたエナタンは自分の後ろに気配を感じて振り返った。
 そこには男が・・正確にいうと男のようなものが立っていた。
「ホロンと呼びたまえ。案内人だ。」
 彼は言った。
 エナタンはホロンの足に目が釘付けになった。
「あまり気にするな。それはたいしたことじゃない。」
 ホロンの足にはひずめがあった。
 まるで山羊が二本足で立っているようなその男は、紅い髭を蓄えていてエナタンと同年輩に見えた。
「どういうことだ。ここはどこだ?」
「気にするな。ただ進め。」
「オレにはいったい何があった?」
「落ちた。そして、ここにいる。そして、進む。ではゆくぞ。」
「待ってくれ!オレはもしかして死んだのか?ここは地獄か?」
「ゆくぞ。門はまだ遠い。」
 ホロンは歩き出した。
 エナタンはしかたなく後について道なき岩山を下り出した。
「どこに向かうんだ。何の門だ?どうしておまえが案内するんだ。」
 ホロンは答えなかった。
「死んだら終わりなはずだ。だったらここはなんだ?夢か?そうだ。オレは夢を見ているんだ。そうだな?」
 エナタンは少し希望を持ってそう結論づけた。
 ホロンは立ち止まって振り返ると少し同情するような瞳で嘆息した。
「たいがいの者はそういう。そうでない者もいるが。」
 エナタンは黙った。
「土台、理解することではこれは超えてゆけぬ。だいたいわたしの足を見てきみはどうした?理解することを止めただろう?夢ならばそれで解決される。夢は不可解なものだからだ。だが、これはきみのいう夢とは違う。」
 ホロンは情けを見せた。
「だが、夢といってもいいかもしれない。きみがそうしたいなら。とにかくゆこう。」
 エナタンは無駄口をたたくのを止めた。
 自分に起こっていることはこれが全てだ。だったらただ、前へ進むしかない。
 岩山を下ると、そこには直径が2〜3kmありそうな巨大な穴が垂直に口を開いていた。
 近づいてみるとその穴の岩壁にはひと一人通れるほどの下る道がうがたれている。だが、柵も手摺もないその細い石段のような道を見て、エナタンは目眩がした。
 道の脇は絶壁で、その垂直の穴の底は深すぎてその深遠は闇のはるかかなただったのだ。
「ここを下るのか?」
「その目眩は、ただの肉体の記憶だ。自分をしっかり持ちたまえ。きみは肉体ではない。」
 その穴の底からは冷気が吹き上げてくる。
 エナタンは不思議に思っていた。
 初めに闇の霧を光の方に向かった時は、歩いている感覚はなかったが、今肉体でないとホロンに言われるこの体には、風も、冷たさも、岩の感触も感じられるのだった。
 やがてそこを下るのにも慣れてきた。
 冷気と恐怖には震えがやはり来たが、足を前に出す作業にだけ集中している時、それは薄れた。
 永遠につづくかに思われたその行程は、ふいに途切れた。
 岩壁に横穴が開いていて、ホロンはそこでエナタンが追いつくのを待っていた。
 奥まると広くなっているそこには、何人かの人間がいた。
 気がつくとホロンの姿が見えない。
 エナタンは一番近いところにいた男に話しかけた。
「ここはいったいどういうところだ?あんたはなぜここにいる?」
 しゃがみこんで俯いていた男は顔を上げた。
「わからない。ただ、案内されて下っただけだ。」
「山羊のような男に?」
「なんのことだ?わたしはわたしの死んだ兄に連れて来られた。」
「じゃ、やっぱりオレたちは死んでいるのか?」
「さあな。おそらくそうなのかもな。」
「覚えていないのか?何があったか。」
「長く患っていた。意識はなかった。気がついたらここにいた。」
 隣の老女にも聞いた。
「あんたは死んだのか?」
「そのようだね。これから地獄へ向かうのさ。」
「この穴の底は地獄なのか?なぜ分かる?」
「あたしは高利貸しをしてた。さんざん人を泣かせてきたさ。地獄へ行かないでどこへいくんだ?」
「あんたもか?」
 男に聞いた。
「戦争で数え切れない人間を殺したからな。そりゃあ、地獄に行ったって仕方ないだろう。」
「あんたもだろ?」
 老女が言った時、エナタンは思い出した。
(カイル・・。)
 ふらついてエナタンはそこにしゃがみこんだ。
(そうだった。オレは・・。カイルを殺そうとして・・。)
「ゆくぞ。」
 ホロンの声がした。
 また下ることが始まった。
 エナタンの膝はがくがくと小刻みに震えていた。
 ホロンは振り返った。
「思い出したか?」
 そして前を向く。
「色々と思い出すことはまだある。」
 ひとつ思い出したなら、後は津波のように押し寄せてきた。
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