CALENDAR  ENTRY  COMMENTS  CATEGORY  ARCHIVE  LINK  PROFILE 
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- - -
抱かれるルシファー
 次の面会に行くと、今までのルーサーの反応とは違っていた。
 彼はひとつ深くため息をついた。
 エナタンは彼がエナタンよりもルーサー自身の方を向いていることに気づいた。
 自分の今の状況に向き合わざるを得ない日々から、ルーサーは静かな内省期に入っていた。
「今のオレが何を言っても説得力はない。オレは自分が憎んできたことを自分でしてしまったんだ・・。前科一犯だ。あんたのことを憎らしく思っても、救われない。そんなことぐらいわかるさ。だが、あいつらへの憎しみは消せない。これは墓場まで持って行く。」
「・・。きみが握りしめるその憎しみを、わたしに預けないか?」
「なんだって?」
「わたしの憎しみの歴史は堂に入ったものだ。きみも読んだろう?だから安心してきみのその想いをここにくれ。」
 エナタンはてのひらを開いた。そして続けた。
「ああ、どうしてもいやならすぐに返す。ただ、きみがここに生きるために、どうしても必要な儀式だと思ってくれていい。」
 他になんの為す術も持たないことに、この何日か直面させられてきていたルーサーは、思いのほか素直に同意した。

「きみのその煮えたぎる想いがひとつの結晶としてここに現れる。いいかい?これは儀式だ。真剣に。」
 ルーサーはエナタンのてのひらに瞳を落とした。
「赤々と心も焼く固まりだ。そう。ほら。それだ。」
 ルーサーの額から汗がひと粒垂れた。
「よし。のせたな。」
 エナタンはそう言うと、静かにてのひらを閉じた。
「今わたしがもらった。きみはわたしにそれを預けたんだ。いつだって返す。安心して。いいかい。今。たった今のこの瞬間のきみの中の透んだ湖を見るんだ。哀しみの底を見るんだ。」
 するとみるみるうちにルーサーの瞳に湖が溢れた。
「・・会いたい。デイジーに会いたい。こんな別れ方をするなんて。そんな理不尽なことがあるか?デイジーは何も悪いことをしていない。」
 エナタンはうなずいた。
「神なんていない。この世界なんて信じられない・・。」
 エナタンは再びうなずいた。
「・・・。」
 後は言葉にならずに泣いていた。
「・・きみのその哀しみの底に、まだ何かある。それはなんだろう?」
「なにもない。」
「静かに。その奥だ。」
 ルーサーは肩を震わせて顔を覆った。
 エナタンはルーサーの肩を抱いた。
「ちゃんと泣かなかったのか?今まで。」
 ルーサーは嗚咽した。
 赤ん坊が喚くようにルーサーは泣いた。
「憎しみで自分を支えてきたのか?・・もう、いい。いいんだ。ルーサー。」
 蓋をしてきた感情が溢れてきた。エナタンはそれを全霊で受け止めた。
 ルーサーはその感情に自分が壊れてしまうかもしれないという恐怖とも向き合った。
 痛切で、悲痛だった。
 慟哭、そして嗚咽だった。
 それは身を切るような哀しみであり、自責の念であり、運命への恨みでもあった。
 どこにも行き場のない想いは、憎しみの蓋をとられて溢れくる。
 ルーサーは寄る辺ない嵐の海に浮かぶ藻くずのようだった。
 まるで、その痛みは永遠のようだった。
 エナタンは自分が落ちたときからの果てしない時間を抱くように、ルーサーを受け止め続けた。
 そこにはルーサーもなく、エナタンもなく、抱かれ続けるルシファーが在るだけだった。
 光の門にはそれを塞ぐ扉はなく、あからさまになったルシファーの痛みにはその陽の光が永遠に注がれ続けている。
 エナタンはそれをはっきりと感じ続けながらルーサーを孤独の深淵から支え続けた。
 長い長い時が過ぎた。
 果てしなく思えたその慟哭も、やがてついに津波が引くように去る時を迎えた。
 それはまるでようやく終わりを迎えた嵐の曇天に静かな朝日が差してきたようだった。
 ルーサーの瞳に今までと違う陽が差し、まるで生まれ立ての赤子のように全身がゆるんでいた。
「・・気分はどう?」
「・・・。全力疾走したみたいだ。」
「今のきみをありのまま感じて。・・その朝もやの向こうに陽が昇るのが、やがて見えてくるかもしれない・・。」
「・・・不思議だ。そんな気もする・・。」
「きみはよくやったよ。その全力疾走はメダリストものだ。」
 エナタンは立ち上がりながら言った。
「・・ところで預かりものは要るかい?」
「預かりもの?」
 脱力していたルーサーはそのことを思い出した。
 微かに笑った。

 立ち上がったエナタンはルーサーに背を向けて立ったまましばらく口を開かなかった。
 そして、唐突に可笑しそうに笑った。
「何が可笑しいんです?」
 ルーサーは聞いた。
「きみが言ったことを思い出していたんだ。わたしには無理かもしれないな。」
「何が?」
 振り返ったエナタンはルーサーに言った。
「傲慢と手を切ることだ。」
 ルーサーは一瞬あっけにとられた顔をしてあきれたようにつぶやいた。
「あきらめるんですか?」
「楔のように骨の髄に打ち込まれているんだ。遥か永劫からの歳月をね・・。」
 エナタンは哀しいような可笑しいような不思議な表情をした。だが、すぐに真面目な顔になって続けた。
「だが、あきらめられやしない。そうだろう?だから苦しんできたし、揺れ動いている。」
「だってあなたは12番目の門の向こうに行ってきたんでしょう?だったらもう悟り切っているはずだ。」
「ルーサー。」
「・・。」
「わたしはあそこで進化をチャラにしてきたわけじゃない。ここで生きるというのは、誰しもが揺れ動くということなんだ。そして、かろうじて踏み止まる。その時に底知れぬ力は復活する。悟り切ったなら人間でいる必要はない。」
「揺れ動くなんて。それが人間だなんて。かなわない。白か黒かはっきりさせたい。オレはやっぱり黒いやつは許せないし、オレが白でなくなったなら、オレも許せない。」
「きみは灰色だ。」
「・・。」
「黒いなら、黒い者は自分のことを黒とは言わない。自分は白だと言い張るだろう。そして、その時、その人物ははたから見れば真っ黒だ。」
 付け加えた。
「もっともそれも真っ黒、と決めつけるのも傲慢かもしれない。限り無く黒に近い灰色なのかもしれないな。」
Story comments(0) -
スポンサーサイト
- - -
Comment








<< NEW | TOP | OLD>>