CALENDAR  ENTRY  COMMENTS  CATEGORY  ARCHIVE  LINK  PROFILE 
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- - -
転落
 パーティー会場を抜け出し、同じホテルのバーにひとり向かったエナタンを後ろから呼び止める者がいた。
 ヨキだった。
「すまない。エナタン。知らなかったんだ。」
 エナタンは答えた。
「あんたがあやまることじゃない。のこのこやって来たのはオレだ。オレはこれを見に来たんだ。自分の莫迦さ加減を笑うためにね。」
 エナタンとともに無言で横を歩き、バーの止まり木で横に座ろうとするヨキに告げた。
「あんたは接待があるだろう。行け。」
「接待?それがどうした。オレたちは友人じゃなかったのか?」
 小さく笑うとエナタンは嘆息した。
「友人だろうと神だろうと、いてほしくない時はある。ああ、神?そんなものはオレは信じないがね。」
 ヨキは黙った。
 そしてエナタンの肩をたたくと、しかたなく席を立った。
(しかもカイルだ・・。)
 エナタンは内に湧く怒りのようなものでグラスを持つ手が震えるのを感じた。
 カイルとはエナタンが作家になった頃からの因縁があった。
 ミステリーの権威ある賞を取ってデビューしたエナタンと同じ頃に、カイルは大衆文学の賞の佳作を取って出発していた。
 エナタンと違って人づきあいの器用なカイルは人脈をどんどん拡げ、数多くの出版社から本を出すようになり、いつの間にかニューヨークで最も売り上げのある作家として有名になった。
 エナタンはそんなカイルをずっと下に見てきた。そしてカイルはエナタンがそう思っていることを知っていた。
(才能のかけらもないくせに。口八丁でのしあがった守銭奴め!オレを小馬鹿にして笑ったな。フェイを手に入れてオレに勝った気か?)
 バーテンが新しい杯を出すのを躊躇するくらいエナタンはグラスを空けた。

 夜も更けた頃、何人かと連れ立ってバーにやってきたのはカイルだった。
 カイルはすぐにエナタンに気づき、微かに嘆息するといつもの笑みを浮かべた。
「エナタン。今日はありがとう。きみが来てくれるなんて思わなかったよ。」
 振り返ったエナタンの顔を見て、カイルの連れたちは思わず後ずさりした。
 そこには人ではない暗い深淵がぽっかりと口を開け、瞳から妖しい炎が立ちのぼっていたのだ。
 カイルは一瞬絶句した。
 エナタンはカイルを見て笑った。
 その笑顔には人を掴んで離さない魔力のような力強さがあった。
「ちょうどよかった。あんたに話がある。」
 エナタンは少しふらつきながらカイルを手招きした。
 カイルの袖をとって首を横に振る連れにうなずきながらも、カイルは魅入られたように素直にエナタンについてひとりバーを後にした。
「話ってなんだ?」
 エナタンはエレベーターを途中で乗り継ぎ、従業員用に乗り換えた。
「どこに行くんだ?」
「ふたりだけでじっくり話せるところだ。」

 屋上に出た。
 月が冴えざえと夜空に貼りついている。
 雲が月明かりを受けてその輪郭を浮かび上がらせながら細くたなびいていた。
「おめでとう。」
「・・。」
「今のはフェイの分だ。言ってなかった。」
「ありがとう。」
 いぶかしく思いながらもカイルはいつもの上等の笑顔を浮かべた。
 すかさずエナタンは牙を剥いた。
「おまえの笑顔は反吐が出る!」
 カイルは素早く自らの心身をガードした。彼が生きてこれたのはその防御本能に優れていたからだった。
「それが言いたかったのか?」
 エナタンは・・いや、コヨーテは冷たく笑った。
「いいや。おまえの笑顔を二度と見なくて済むようにするためにここへ連れて来た。」
 エナタンはカイルに掴み掛かると、金網の破れ目からカイルを屋上の淵へと引きずり出した。
 このホテルはエナタンがミステリーを書くために泊まり込んだホテルだった。
 書けない時にここを見つけて月を見上げたことがあった。
 そしてそこに破れ目があることも知っていた。
「やめろ!何するんだ!放せ!」
 カイルは絶叫した。

 10階建てのビルの屋上から男が落ちた。
 その男は1階の車寄せの丸いシート製の屋根に落ち、即死は免れた。
 翌日の新聞にそれは報道された。
『ミステリー作家エナタン・ソダーバーグ、ビルから落ち意識不明の重体』
Story comments(0) -
スポンサーサイト
- - -
Comment








<< NEW | TOP | OLD>>