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天使の季節
 角を曲がって現われたのはミュージック・ストアだった。その店はクラシックやゴスベルの在庫が幅広く、こだわった店だった。
 エナタンは天界で聞いたフィオナの歌声に近いものを、フェイに贈りたかったのだ。
 だが、そういった分野に全く知識のないエナタンにそんなものが見つけられるのだろうか?
 エナタンは心配していなかった。
 インターネットでこの店を見つけた時、何か弾かれたようなものがあったのだ。
 そして今、この店に入ってレジに真直ぐ向かって安堵した。
 ここなら見つかる。
 店主は笑った。
「何かお探しで?」
 穏やかな笑みを浮かべる髭をたくわえた初老のその男性は、まるで初めて会った気がしなかった。
「あの。」
 エナタンは鼻の前で人差し指を立てながら、思い切って告げた。
「天界の癒しの門で歌われる歌を探しているのですが。」
 店主は何の躊躇もせず、鷹揚にうなずいて奥の棚へと向かった。
「こちらでしょうか?」
「えっ?」
 見せられたCDにはこう書かれていた。
『癒しの門/マデリン・ヌーベルバーグ』
「聞いてみることは出来ませんよね?」
「かまいませんよ。」
 店主は躊躇なくその新品の包装を破った。
 エナタンのヘッドフォンから、その歌がそよぎはじめた。かと思うと、あっという間にめくるめく天界の風に巻き上げられる。
 明らかにこれは天界に属していた。迷うことなくエナタンはうなずいた。
「これを。」
 店主が包装する間にエナタンはふと聞いてみたくなった。
「わたしがこれを買うと思いましたか?」
「ええ。」
 こともなげに店主は答えた。
「なぜ?」
「勘ですよ。」
「えっ?」
「わたしは、お客さんがどの曲を求めて入ってこられたか、だいたいそこの扉から分かるんです。」
 エナタンは自分が入って来た扉を振り返りながら目を丸くした。
「ほんとに?」
 店主はくっと可笑しそうに笑い、そして包みを渡しながらウインクした。
「うそです。タイトルですよ。そのまんまじゃないですか。」
 エナタンは虚をつかれてあっけにとられ、そして愉快そうに笑った。
「ありがとう。」
 他の客が入って来た。
 扉を出ようとして振り返った。
 その時、エナタンには本当の理由が分かった。
 店主の後ろには、白い翼がうっすらと光っていたのだ。
 クリスマスも近い街をゆく。
 エナタンにはもう分かっていた。
 この時期には天使はしっぽを見せる。
 この街には無数の天使が今、翼を生やして歩いている・・。

 フェイへの包みを小脇に抱えながら、雪がまた降り出した街を地下鉄の駅に向かった。 
 いくらか顔が売れたとはいえ、普段はかけない黒縁の眼鏡をかけていると雑踏に容易に紛れることが出来た。そうして街を歩くことが好きになっていた。
 階段を降りかけて、エナタンは足を止めた。そこに子供がひとりうずくまっていたからだ。
 周りを見回したが連れもおらず、誰も立ち止まる者はいない。しゃがんでその子の肩にそっと触れた。
「どうしたんだ?」
「何でもない。」
 男の子は怒ったような目をしてエナタンを睨みつけた。だが、その額に脂汗が浮いている。
「何でもなくないだろう。医者に行こう。」
「ほっといて!」
 だが海老のように丸まり、うなり始めた。
 エナタンは包みをコートのポケットにねじ込むと、男の子を抱え上げた。
 タクシーを拾い、運転手に告げた。
「どこでもいい。一番近い病院へ行ってくれ!」
 エナタンの腕の中でうなっているその子に聞いた。
「名前は?」
「アンディ。」
「フルネームは?」
 答えない。
 すぐに病院の玄関口にタクシーは滑り込んだ。
 エナタンはアンディを抱えて病院へ駆け込んだ。
 廊下で待っていると、医師が診察を終えて出て来て告げた。
「もう少し遅ければまずいことになるところでした。腹膜炎です。これから手術しますので、お父さんは同意書を書いてください。」
「いえ。親ではありません。」
「えっ?」
「地下鉄の階段でうずくまっていたのを連れて来ただけです。」
「身元は?」
「アンディという名前しか言わなかった。」
「そうですか・・。受付のスタッフを呼びますから少しここでお待ちください。失礼。」
 身分証明を見せて連絡先を書き込むと、エナタンはスタッフに聞いた。
「あとはどうしたら?」
「お帰り下さっても結構ですよ。」
 スタッフが立ち去って、エナタンは病院の廊下で立ち尽くした。
 アンディのことが気になっていた。
 街はクリスマスで浮かれているというのに、たったひとり、小さなからだで怒りを抱えていったいどうしたのだろう?
 フェイに電話して事情を告げた。
 しばらくいることにして、待ち合い室のソファーに腰を下した。
 しわくちゃになった包みをコートのポケットから取り出して見つめると、それを仕舞った。
(彼には贈り物をくれる人はいるんだろうか?)
 窓の外の雪が激しくなってきたのを見ながら、エナタンは子どもの頃を思い出していた。
 父はクリスマスの時も仕事でいなかった。
 母とふたりで小さなクリスマスツリーを飾り、そう華やかではない食卓を囲んだ。
 母は生活を楽しむということの不器用な人だった。洒落た料理や飾りには無頓着であまり生活に色彩はなかった。
 無口な母と静かなクリスマスを過ごした。
 けれども少なくとも母はいた。
 アンディには家族はいるのだろうか?
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