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底知れぬ空洞
 数日もしないうちにエナタンは送られてきた手紙の中に、印象的なものを見つけた。
 それは、刑務所の中から送られていた。
 人を殺したある犯罪者の手紙だった。
「差し入れによって読んだが、俺にはよくわからなかった。俺は人を殺したことを後悔していない。俺は生まれてから満たされたことはなかった。普通のやつらが憎かった。俺の中の底知れぬ空洞が満たされることはない。やつらはこんな想いを知ることもなくしあわせそうにぬくぬく生きている。それは犯罪ではないのか?どうして俺だけがこんな想いをしなくちゃならない?やつらにこんな想いを味わわせて何が悪い?世界など滅亡すればいい。」
 エナタンはまるでそこにルシファーである自分を見るようなひりひりとする想いに苛まれながら返事を書いた。
「わたしも人を殺そうとしたから、あなたのその想いはよくわかります。たとえ後悔はしていなくとも、いまだに満たされていない想いを抱いているのもよくわかります。だが、なんの孤独もないようにふるまっている人々に、その底知れぬ空洞はほんとうにないのでしょうか?それはあなたひとりのものではない。人類共通の孤独の深淵です。あなたは自分のそれを抹殺したかったのでしょうが、それを果たすことは出来たでしょうか?何人何百人殺してもそれは満たされることはありません。あなたが満たされる道は他にあるというのに。」
 それからしばらく音沙汰はなかった。
 もうずいぶん経って忘れた頃に、見覚えのある筆跡を見てエナタンはそれを開封した。
「あんたの手紙は破いた。しばらくうなされ、俺は壁に頭を打ちつけて5針縫った。3日前に刑が確定した。1週間後には刑は執行されるだろう。破いてもあんたの手紙は覚えている。満たされる道などあるのか?」
 エナタンはすぐさまその刑務所を調べ、そこへ向かった。
 優秀な秘書であるフェイはどこでつてを見つけてきたのかその死刑囚に会う手筈を整えた。
 面会室に通された。
 すぐにその男、ランキン・サンダーが連れられて来た。
 ランキンは何の関係もない5人の市民を残虐に殺した罪で刑の執行を待っていた。
「手紙をありがとう。」
 エナタンはそう言って口火を切った。
 ランキンは黙っている。
「あなたの問いに答えに来た。」
 ランキンの瞳はそれだけの罪を犯した者としての尊大さはもうなかった。むしろ目の前の死にすくむ幼な子のようだった。
「あなたがもし、自分の深い痛みを見ることをするなら、わたしはここで全力で支えよう。」
「そんなものを見てどうする?あとは死ぬだけだ。」
「あなたは満たされる道などあるのか?と問うた。わたしは全力で答えたい。あなたがこの瞬間全力で生きるなら道は開ける。そうでなければ道は開けない。」
 ランキンの目は揺れた。エナタンの言うことは分からなかったが、エナタンが真剣な事だけは分かった。
「どうしてそんなことをする?見ず知らずの俺のようなやつに。」
「書いただろう?わたしは人を殺すのを失敗しただけだ。あなたの空洞と同じものを持つ。そしてわたしはホロンに支えられた。同じことをわたしと全く同じあなたに捧げたい。」
「俺と同じだって?」
 ランキンは黙って、そして聞いた。
「あの本はほんとうのことなのか?」
「そうだ。」
 死を目前とすると、シンプルになる。それ以上の問いはなかった。
 ランキンはうなずいた。
「頼む。」
 エナタンはホロンと同じようにランキンをうながした。
「ランキン。あなたのその奥深い痛みの元である空洞を感じて。だいじょうぶだ。けっしてひとりにはしない。わたしも見ている。」
 ランキンはうつむいた。
「痛むか?」
 うなずく。
「ううう。」
 ランキンはいきなり嗚咽した。
「怖い。こんな怖い想いはたくさんだ。死はここに向かうのか?怖い。助けてくれ!」
「しーっ。」
 エナタンは小さな子どもをなだめるように小さく制した。
「わたしたちはこの壁によって隔てられているが、心で手をつないでいる。わたしも一緒だ。もう逆らいようがない。無防備に。子どものように。あなたが怖くて見ないようにしてきたその孤独の中に思い切って入ってみるんだ。」
 ランキンは静かになった。
「入ったな。」
「・・静かだ・・。寒くない・・。」
 しばらくするとランキンは一筋涙を流し始めた。
「・・受け入れられている。これだけの罪を犯したのに。なんてことだ・・。」
 ランキンは机につっぷして泣いた。
 生まれて初めてランキンは懺悔した。
 今までどこにも、誰にも、何にも受け入れられた経験のないランキンは、その存在の根本を受け入れられることによって初めてその懺悔の扉が自然に開かれた。
「なんてことだ・・受け入れられている!いったいこれはなんだ!」
「それはあなた自身の孤独をあなたが受け入れた、ということだ。」
「どうして今頃?もっと早くにそうだったなら・・。俺は人を殺すことなんてなかったんじゃないか?」
「ランキン。たとえ今ここで死ぬとしても、遅すぎるということはない。」
「だが、俺が殺した人々はどうなる?ああ、俺は今初めて後悔する・・。」
「あなたは背負える。しっかりと後悔し、懺悔し尽くしてこの瞬間ここに存在してください。してしまったことはもどらない。それがあなたの償いだ。」
 ランキンは何かが抜け落ちたようにうなだれ、つぶやいた。
「そして死を自分のものとして、彼らの恐怖を、身を持って償うんだな。」
 ランキンの目は静かに澄んだ。
「ありがとう。わざわざ俺のために来てくれて。」
 ランキンは刑務官に連れていかれた。
 エナタンは脱力したようにそこでしばらく立つことを忘れた。
 ようやく刑務官にうながされて部屋を出た。
 エナタンは言葉を発することをしなかった。
 フェイは黙ってそれを受け止めた。
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