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第7の門
「怒りはきつかった。」
 エナタンはつぶやいた。
「ああ。」
「人格が破壊されるような高圧のエネルギーだった。あれがあるとないとではどんなに違うだろう。オレにあれがなければどれだけ平穏でしあわせに暮らせただろう。」
「だが、すべての人間の底にそれはある。」
「うそだ。ないものもいる。」
「いや。あるんだ。」
 ホロンは崖の淵に座った。
 エナタンもつられて横に座った。
「笑顔の下にそれがないと思うか?怒ったことのない人間にあれがないと思うか?あれはマグマだ。星の胎内にめぐる、星を星となしている爆発的なエネルギーだ。わるいものではない。」
「えっ?」
「だが、それに手綱をとられるな。扱いを間違うと、ああして糸を絡ませて巣食う。パワーはただ創造へと向ければよい。」
 エナタンはホロンの顔を見つめた。
 さっき笑った顔が、やはりどこかで見た顔だった。
 だが思い出せない。
「ルシファーと友だったと・・。」
「つまり、きみと友だということだ。」
「ルシファーとの約束。そのためだけにたいへんな想いをしてオレを導くのか?」
 エナタンが口にしたとたん、いきなりホロンのつぶらな瞳から水晶のような欠片がぽろりとこぼれた。
 エナタンはふいを突かれて動揺した。
「胸が張り裂けるかと思ったよ。きみが落ちた時。自分は相手であり、相手は自分だ。境界はない。自分の身の一部が落ち、痛み、苦しんだのだ。」
 エナタンは驚愕した。
「まさか。何を言っている。そんなのは偽善だ。」
「身をふたつとしてから、そう考えるようになった。相手は自分と違い、違う者は敵だと。偽善という言葉は天上界にはなかった。善と悪が分かれる前の世界だったからだ。全き円の前に善すらないのに、ましてや偽善など。」
「全き円?なんのことだ?まだ、第6の門だ。これより深い闇とはなんだ?闇の果てに何がある?ルシファーの源へと行くと言った。それはなんだ?」
「エナタン。」
 ホロンは静かな声を響かせた。
「わかるか?今きみが子どものように矢継ぎ早に問いただすその心の根が。」
 エナタンは黙った。
 そしてつぶやいた。
「分からない・・。」
「それがこれからゆく第7の門だ。」
「それはどこにある?」
「ここだ。」
 そう言ってホロンは自分の足元の果てしない深い闇を指した。
 エナタンは立ち上がった。
 首を振って後ずさりした。
「何を言ってる。この下へなど降りれない。行くのは無理だ。」
 ホロンはしばらく黙ってエナタンの瞳を見つめていたが、揺るぎない声で続けた。
「この先にこそ、きみが見たいものがある。なんのためにここまで来た。なんのためにつらい想いをしてきた。もどって蜘蛛の餌食になりたいのか?よしんばそこをくぐりおおせても、あの哀れな自分を見たいのか?たとえそれを無視しても、溶岩を泳いで渡ることは出来まい。憎しみに焼かれ続けたいか?引きずり落とされ、人を引きずり落とし続けたいか?牙を剥き、人であることを忘れたいか?石となって永遠に呻くことを選ぶか?」
 エナタンは両手で顔を覆ってまた座り込んだ。
 ホロンは前を向き、風に吹かれながら独り言のようにつぶやいた。
「地獄などない。あれは地上の映し絵だ。ないものがありありと存在する。人間の創造のエネルギーの結晶だ。・・たいしたものだ・・。」
「恐ろしい・・。」
 ホロンは振り返った。
 エナタンが子どものように泣いていた。
「どうやってあの闇へと行けというのだ。その向こうに何があるのかも分からぬというのに・・。」
 ホロンは小さく微笑んで、立ち上がった。
 エナタンの横に座り、背にそっと触れながらかみくだくように語りだした。
「なにもかも捨てた時、すべてを受け取る。きみが自分をあきらめた時、門は開かれる。わかるか?赤子のようにそうして投げ出せ。死してなお死を恐れるな。なんのためにこの12の門があると思うのだ。」
「なんのために?」
「なぜ、ホロンはルシファーと約束したと思う?そこに喜びがあるからだ。ルシファーがほんとうの喜びに出会うことがわたしの喜びだからだ。なぜならわたしはきみだから。」
 エナタンは顔を上げた。
「おまえがわたし?」
 呆然とした顔でつぶやいた。
「なんのことだ?この闇のどこに喜びなどある?」
「足りる者がいれば、足りない者もいる。だが、それはほんとうはどちらもいない。だがそれは、それでもどちらもいるとも言える。」
 ホロンはまた謎かけのような言葉を吐いて微笑んだ。
「闇だけがあると思うのか?わたしはずっと言っている。ありありと存在するものは幻でもある。だが、幻は存在し、苦しみも尽きることを知らない。」
「この闇の深淵が幻だとでも?」
「だから、言っている。幻でもあり、ありありと実在もしている。どちらも真実だ。」
 ホロンは地平の果てを見遥かして言った。
「ここに飛び込む時、そこに欲も期待も混ぜてはいけない。ただ、ありのままに赤裸々に小さくあるなら、大きなものに抱かれよう。」
「神のことを言っているのか?オレは神を信じない。だから救われるわけもないし、救われようとも思っていない。」
「だったらなぜ泣く?なぜこの闇に飛び込むことを恐れる。救われなくともいいのなら。」
「理屈じゃない。肉体の記憶だ。恐怖の記憶だ。」
 ホロンは笑った。
「へ理屈だが、やっと白状したな。」
 大きくうなずいた。
「そうだ。人間の一番底には、存在の恐怖の深淵がある。それがこの第7の門だ。自らの存在を失う恐怖ほど、人間を苛み、凍らせるものもない。肉体を失うことを言っているのではない。ひとは肉が自分ではない。存在とは魂だ。自らを自らと感じるその愉悦を、その快楽を失う恐怖からあらゆる苦しみは生まれてくる。嫉妬も憎しみも。怒りもそうだ。思い上がりも、自らの存在をまさに示したいがため。そのことと闘い続けてきたのだ。人と闘ってきたのではない。それを地獄と呼ぶ。地獄という世界は用意されていたわけではない。人間の創造だ。だが、その恐怖を超える時、想像も超える新たな地平は開かれる。」
「超える?」
「自らを人智を超えたものに預け切る覚悟をしたなら、ともにゆこう。それまで待つ。」
「ゆくとは、どうするのだ?」
「ここから飛ぶ。」
 エナタンは絶句した。たとえもし蘇れると約束されても、その恐怖を拭うことは不可能のように思えた。
「たとえこれが夢でも幻でもそこまでする意志はオレにはない。」
「きみが頑固なのはよく知っているから構わない。」
 そう言ってホロンはそこで寝そべって目を瞑った。本当にいつまででも待つつもりでいる。
 エナタンは途方に暮れた。
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