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コヨーテ
 その男はコヨーテのような胸の内を抱いて月夜の惑星を歩んでいる。
 果てしなき遥か永劫のかなたから、エナタン・ソダーバーグはそうであったように感じている。
 はかり知れぬほどの切なき暗闇。コヨーテはそれが哀しくて吠えるのか。哭くのか。
 時折、無性に破壊してしまいたくなる。自分に触れるものを。自分を愛そうとする者を。そればかりか自分自身さえも。
 自らのその衝動の源に未だ心当たりがない。
(もって生まれたとはいえ、重き荷だ。)
 月の光を見上げながらひとつ、息を吐いた。

 独特の文体を持つ作家としてソダーバーグは早くから一部に評価されていた。
 その独自の世界が皮肉にもこの月も凍る深夜のような胸中から来ていることに、吐息が生まれる。
 彼が彼であるためにまるでそれはそうでなくてはならないかのようだった。
 ニューヨークにはマンハッタンのような摩天楼の森もあるが、その島から離れれば数少なき彼のようなコヨーテが棲息できる静かな森もある。
 エナタンはそこに小さな家を構え、10年余り言葉を綴っていた。
 もうじき40に手が届こうとしていたが未だ独り身で、ガレージに住み着いた小さなコウモリが彼の家に呼吸する彼以外の者だった。
 エナタンの才能を理解し、ここ10年来の伴走者として、ヨキ・ホーレデンという編集者がいた。
 エナタンが厳冬の三日月なら、彼は陽春の木漏れ日だった。
 エナタンはヨキがおそらくは自分以上に自分を理解しているのが、出会った当初から今に至るまで不可解であり続けている。
 例え未来を嘱望されようと、自らの内がついぞ満たされないことをエナタンは生まれ落ちた時から知っていたように思う。
 どんな賛辞もエナタンにとっては隙間風のように過ぎてゆく。
「なぜなんだ?いったい何を望んでいるというんだ。」
 コウモリに問う。
 午後のコウモリは深い眠りに落ちていた。
 ヨキが来る日だった。

「この感じはいい。琥珀色な感じ。これはあるな。」
 ヨキはいつものように原稿に素早く目を通すと駒鳥のように笑った。
「あんたが言うとまるで平和なロマンスみたいに聞こえるな。これはスリラーだ。」
 ヨキはにやりと笑って親指を突き出した。それから少し黙って、言った。
「月間ミステリーの編集長のことなんだが。」
 エナタンはあからさまに嫌な顔をしてみせた。
「やつとは話すことはない。」
「そうもいかないだろう。アレクを怒らせて得なことは何もない。どうしてそこまで嫌うんだ?」
「やつはオレにもう少し大衆寄りの文を書けと言った。コウモリに上を向いて寝ろというようなもんだ。何もわかっちゃいない。編集長だと?聞いてあきれる。」
「よせ。権限があるのはアレクだ。きみにここ5年ヒットが出ていないから彼はあせってるんだ。だが・・。」
 エナタンの肩をたたいてヨキは続けた。
「きみには根強いファンがいる。そして圧倒的な才能もね。5年や10年がなんだっていうんだ。きみが書くものは何十年、いやそれ以上残っていくものだ。消耗品じゃない。」
「だが、今度あいつの顔を見たらオレは何をするかわからない。」
「エナタン。2度とアレクを殴るなよ。」
 ヨキは両手でエナタンの肩を掴んで自分の方に向かせた。
「何をあせっている?」
 エナタンはヨキから視線をはずした。
「・・・。」
「初めて会った時からそうだ。子供の頃からそうなのか?」
「オレにはやることがある。」
「?・・やっているじゃないか?」
「そうじゃない。わからない。だが、何かがあるんだ。」
「そのあせりがアレクや他の編集との軋轢を生むのか?」
「・・。」
「だったらそれを書け。わからないなら書いてみろ。書くことでわかるかもしれないじゃないか。」
 エナタンは苦し気に呼吸した。
 ヨキは小さく息を吐いて、話題を変えた。
「ところでパーティには出ないのか?」
「出る義理はない。義理があったとしても出ない。」
 同じ出版社から本を出しているカイル・クロイツィフェルドの大衆文学賞受賞記念パーティだった。
「フェイも来る。会ってないんだろ?もう2度と会わない気か?」
 エナタンは黙った。
 フェイとは一度暮らしたことがある。だが、その時悟った。エナタンは誰かを愛そうとすることに存在の恐怖を感じてしまう。そうするために生まれついていない。
 その時もそうしてフェイとは終わった。
 だが、ほんとうにそうなのか?
 その時、胸に思いも寄らぬなにかが燕のように走り、それは地平線のかなたに湧く雲のように形をとり始めた。
 返事をしないままヨキは帰った。
 エナタンは窓外の暮れゆく蒼穹に瞳を預け、その雲が湧き続けるのに暫し身を任せ続けた。
Story comments(1) -
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Comment
管理者の承認待ちコメントです。
posted by - 2010/01/27 4:38 AM








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